吉田のうどんスタイルは日本中に比類しない「独特」の強いコシです!
どのように表現出来るのか?と言いますと・・これがまた難しくてですね・・・(−−;

「うどん」と言えば間違いなく日本代表であり、私も大好きな讃岐うどんと比較いたしますと・・
いや・・比較対照することが出来ない、同じ土俵上では争えないタイプの新感覚うどんになっています。
(お願いします。一度食べて頂けたらわかると思います。)

タレは味噌としょう油、煮干系のダシに山の恩恵を受けた深い味わいが特徴です。
また、麺自体のコシを味わいたいならお勧めなのが「冷やしたぬき」などのつけ麺スタイルです。
是非、日本でもここでしか味わう事の出来ないうどんをご堪能下さい!
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同じく富士吉田の顔!絶品の糸力カレーはコチラ
うどんと言えば讃岐!
でもでも・・・・なかなか個性の強いやつがいるんですよ^^
そう!独自の技法で伸び育った「山梨の【吉田のうどん】!!」
市内に健在するうどん屋はナント
60軒以上に及びます(06.9.30現在)
専門店以外を含めたら70〜80軒近くはあります。。

のどごしの良さと適度なコシを身上とする従来のうどんに対して
ガムのようなコシの強さを身上とする吉田うどんは、うどんに対する考え方も、それを食する方も全然違います。

日本中を走り回っているトラックの運転手(吉田うどんの常連さん)の方はこう言います。
トラックの運転手、当店地酒専門宅配業者Aさんの証言
(本人の承諾を経て載せております)
『うどんは大好きで、讃岐など、全国の物を食べたが、ここは別格。
最初に食べたときは噛み切れない「ガムか?」何てものをを出しているんだ!と思ったがなぜか?もう一度食べたい!!薬が切れたような衝動を抑えきれないやみつき感がある。
今ではここ富士吉田に来たときはうどんの事しか考えられない位になりました。
そんな話をしていたらまた食べたくなりました!早速今日のお昼にでも行こうと思います。』

配送の関係で地酒等を輸送する業者に度々道を訪ねられる事が多々あります。
その運送屋さん達が心待ちにしてるのが「吉田のうどん」です。

「あのうどんはどうだから美味い」「今日はあそこに行こうと思う」とかなりご熱心です。

そんな吉田うどんの中でも「麺の巨匠」と呼ばれる丸新製麺さん、製麺業の「老舗」平井屋さん、「麺のパイオニア」佐藤製麺さん数々の匠達がおります。。
和の巨匠道場六三郎氏などが料理を提供するときに彼らの麺を名指しで指名するほどの凄麺です。

私も生粋の吉田のうどんファンです、いろんな製麺を食べてきました。

に美味しい吉田うどんを牽引する匠が彼らです。その素晴らしき職人の麺をご紹介させて頂きます。
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■ほうとう対決
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結構取材されてます。

掲載されました^^
FM大阪LOVE FLAPスタジオ【ブログ有り】)吉田うどん・麺ロール
静岡放送(FM)麺ロール・吉田のうどん
北海道放送ビタミンTV(全日本お取寄せコレクション12月第2週)麺ロール

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吉田のうどんとは?歴史(徐福訪日)からの視点
今から、二千年ほど昔のこと。海の向こうの中国が秦とよばれていたころ、そこに始皇帝という王様がいました。

始皇帝は、それまでいくつもの国にわかれて争いをくりかえしていた中国を、初めて一つの国にまとめた強い王様で、どこの国の王様も、この始皇帝にだけには、頭があがりませんでした。

自分の言うことを聞かない学者を生き埋めにし、気に入らない本は、集めて燃やしてしまうなど、わがままの限りをつくしていました。

ところが、さすがの始皇帝にも、自分の力では、どうにもならないことが一つだけありました。年をとることです。

よる年波には勝てず、顔にしわが増え、髪の毛は白くなってゆきました。

始皇帝は、毎日のように家来を集め、どうしたらいつまでも若く、死なずに生きられるかを考えさせ「不老不死の薬を探せ」と世界中に家来を派遣しました。

あるとき、日東方の蓬莱の国(日本)の芙蓉山(富士山)現在の富士吉田市に、不老不死の薬のあることを告げる者がありました。

始皇帝は、徐福という家来に「蓬莱の国で不老不死の薬を探せ」と命じました。

困ったのは徐福です。

徐福は、たくさんの家来をつれて蓬莱の国が何処にあるのかわからないまま船に乗り、それからいく月も波にゆられて日本へ上陸しました。

「富士山は何処にあるのか?」

徐福一行は、道をたずねながら幾つも山を越え、谷を渡り、いく月も歩いて、やっと富士山の麓(現在の富士吉田)にたどりついたそうです。

富士山は、とても美しい山で、広い秦の国にもこれほどの山はなかった。

これは、神の山である。

徐福と家来たちは、そう思ったそうです。

喜んだ徐福たちは、その足で、富士山に登り、「不老不死の薬」を探しているとき、始皇帝の死を伝える使者が彼を追ってやってきました。富士山の美しさに惹かれていた徐福とその家来たちは、こうして富士山の麓に住むことになりました。

家来たちの中には、織物の技術者が大勢いて、土地の人々にその技術を広めました。

こうして、富士吉田は、織物の盛んな土地柄になりました。

富士山の麓は、火山灰・火山礫が多いため、土地が貧しく、米などがあまり採れなかったため、小麦粉を買ってきては、「うどん」を作り、まかない食として食べていました。庶民も米の変わりに「うどん」を食べていたと言われています。

米は一日一回食べられれば良いほうだと云われていました。

「うどん」は、厳しい自然環境の中で古くから人々の間で代々伝えられてきた、富士吉田の代表的な食文化と言えます。

今でも、冠婚葬祭などの席では、料理の最後に必ず「うどん」がだされます。

素朴な味わいの中に懐かしい故郷の姿を垣間見ることができることとおもいます。

亡くなった徐福様が、三羽の鶴になりその一羽が、現在の富士吉田の下吉田地区にある福源寺に舞い降り、その鶴を祭った鶴塚があります。

明見地区の明見湖(蓮池)には、徐福様のお墓があります。

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